有機農業映画祭 開催される
11月12日(土) 晴れ
能楽の里文化交流会館にて、国際有機農業映画祭in池田が開催されました。
上映されたのは、フランス人映画監督、ジャン・ポール・ジョーの2作品、「未来の食卓」と「セヴァンの地球のなおし方」です。午前と午後にわけ上映されました。
上映終了後は、映画を見た感想などを書き込めるスペースがあり、大勢の方が書き込みをされていました。
今回上映された2作品を見て思うことを少しばかり書きます。
2作品に共通して言えることは、未来の子どもたちのために、人間の将来のために、ともに地球に生きるもののため、今を生きる我々が「今考えなければならないこと、今行動しなければならないことが何なのか」を考えてほしいということかと思います。
冒頭、今回の映画祭実行委員会の伊藤さんは、食料やエネルギー、生き方を考えていかねばならない時期にきていると話されていました。また、実行委員会のある方は、「生きる」ということを真剣に考えていかなければいけないと話されていました。
「生きる」ということは何なのか。漠然としています。今まで考えたこともなかったことです。
安定的な社会の中では、「生きる」ということを深く考える機会も少なく、また考える必要性も薄いように思われます。あえて言うなら、そのような社会で暮らす私にとって、「生きる」ということは、日々を何事もなく送るということであろうかと思います。
しかし、ここ最近色々な出来事が起こり、それを間接的に見聞きしたりすると、「生きる」ということを、「命をつなぐ」とか「生き残る」という見方で捉えないといけない雰囲気・状況がいやおうなくできてきているように思います。
そして、「命をつなぐ」「生き残る」ためには、知っておかねばならないことを「知る」ということが大切だと感じます。
大正時代末期に生まれ、戦前、戦中、戦後の高度成長期を生きてきた私の祖母は、「暮らしは便利になったけれど、その中には「異常なもの」もある。特に食べ物には気をつけなさい」とよく言っていたのを思い出しました。昔の人というよりは、変化の激しい時代を生きてきた人は、「命をつなぐ」ということに対して現代人よりも、より敏感に危機感を感じているのだと思います。
「命をつなぐ」ということが、 世界的に不安定になってきている今日、今の私はどうかというと、これまでとなんら変わることなく暮らしていますが、これまではなかった「生きる」ということについて、明確な答えや方向性、つまり「生き方」が見えたわけではありませんが、折にふれ考えるようになっているように思います。自分の中での非常に小さな変化ですが、会場にいらっしゃたみなさんも、そのようなことを感じられていたのでしょうか。
「未来の食卓」と「セヴァンの地球のなおし方」。機会があれば、また見てみたい作品です。
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